株式会社わもん屋わたふ わたふブログ

わもんなわたふ

 

わもんなわたふ(25)

 

やぶちゃんから

 

「九州を任す」

 

と言われたとき、

わたふは何を言っているのかわからなかった。

わたふは「意味がわかりません」と返す。

 

 

『わもん屋わたふ』という屋号が決まった。

そして8月に黒帯をとったら、

博多で襲名披露と、

コラボで白帯をしようという話になった。

時期は10月。

やぶちゃんからは

「だから黒帯を取る時期を聞いたとき、最初『10月』っていったんやな」

と言われた。

 

 

そして、

 

「九州、任すわ」

 

と言った。

 

「何をおっしゃっているか意味がわかっていますか?」

 

わたふは何を言っているのか自分がわかっていないのに、

やぶちゃんに尋ねた。

 

 

「九州は自分が入るところではない」

 

やぶちゃんは続けた。

 

「九州は九州人じゃないとダメだ。しかも博多、福岡の人でないと。
そうでないと他の県の人が黙っていない」

 

そして再度

「九州、任すわ」

と言った。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(24)

 

プライベートわもんをお願いしたのは

自分自身の課題に取り組むためである。

 

心徒塾も修行であるが

みんなで一緒に取り組むため

そして他の人の話を聞く割合が多いため

自分の話す割合は少なくなる。

 

黒帯取得に向けて

自分に向き合う時間を確保するためでもあった。

 

3月のプライベートわもんの中で

わたふは自身の課題についてのことや

今後の生き方についての話をしていた。

 

わたふは以前の職を辞めた後

3年間は休もう

そしてその後のことはその間に考えよう

としていた。

休もうとした矢先に

「わもん」のことを急に思い出し

心徒塾にこうして月1回京都に通っている。

そしてプライベートわもんでは

今後のことを考えていた。

 

「わたし、『違う職業の人ですね』と言われるのがイヤなんですよね」

 

「ふーん、そうなんや」

 

「だって、わたし、『わもん屋』ですもん」

 

「ええな、それ!」

 

そこから「屋号を決めよう」ということになり

『わもん屋わたふ』が誕生した。

 

 

そして、やぶちゃんから言われた。

 

「九州、任すわ」

 

 

何を言っているか、わたふにはわからなかった。。。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(23)

 

そして3月の心徒塾。

 

いつの間にか黒帯になるための共通課題として

 

 

「二人羽織わもん」

 

 

というものが誕生した。

 

 

一人が話し手、
一人が聞き手、

 

 

そして聞き手の後ろで

 

話し手の状況や聞き方の指示をしていく

 

羽織の人。

 

その羽織で聞き手が深まり、

 

話し手の気づきにつながれば

 

黒帯認定。

 

どこかでやぶちゃんが

聞き手の後ろで羽織っているのを見て、

 

くろちゃんが

 

「あれができたら黒帯ですよね」

 

と言ったことがきっかけで認定基準となった⁉︎

 

みんなでくろちゃんに

 

「余計なことを!!」

 

とつっこんだ。

 

 

わもんなわたふ(22)

 

「直感道場」とは、

みんなの前で聞き手が話し手の話を聞き、

残りの参加者はそれを見た後

その聞き方を解説するというもので、

 

1月の心徒塾でやぶちゃんは

 

「これは心徒塾名物になる!!」

 

と言っていたのだが、、、

 

2月の心徒塾では

 

「もう鮮度が落ちた」

 

ということを言っていた。。。

 

 

わたふは心徒塾のなかで、

以前たずさわっていた

「風水学」

        と

「わもん」

の共通点についてよく話していた。

風水は学問であり、

実用学である。

「わもん」については

まだわからないことも多かったが、

 

「わもん」も実用学であることは理解できた。

 

 

わもんなわたふ(21)

 

 

当時、心徒塾は月1回2日間、

 

京都でしか開催されていなかった。

 

毎月第2土日は京都で心徒塾。

 

わたふはスケジュール帳を開け、

今年の心徒塾の予定を書き込み、

心徒塾の年間予約を申し込んだ。

 

よしこもスイッチが入ったようで、

 

同じく年間予約を入れる。

 

そして京都1日目の夜には、

やぶちゃんのプライベートわもんを申し込んだ。

 

黒帯になることを決めたのだが、

黒帯になるための課題は人それぞれであるため、

心徒塾では聞く修行と気づきのシェアが中心だった。

参加者一人ひとりの話を残りの全員で聞く。

 

今で言う「離我稽古」というものはなく、

 

名前がついているものといえば

 

「聞く乱取り稽古」

「直感道場」

 

ぐらいであっただろう。。

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(20)

 

今年10月までに黒帯になると言ったのだが

 

「遅いっ!!」と言われる。

 

わたふはしぶしぶ口を開いた。

 

「じゃあ……、8月……」

 

「そやな」

 

――8月、半年後か。

 

先月の心徒塾で、

よしことともに黒帯にノミネートされ、

黒帯になろうとは思っていた。

 

しかし、

 

今年2012年内になることは考えていなかった。

 

ましてや8月までとは――。

 

わたふは

 

「8月ねぇ……」

 

と思わずつぶやいた。。。

 

翌日の心徒塾2日目。

 

無口なやぶちゃん――。

「すごいね、わたふ! 8月までに黒帯とるってよ」

旬のネタと言って、みんなの前で披露する。

「これで、わたふもスイッチ入ったね」

たしかにスイッチは入った。

しかしどうすればいいのか。

3つの課題は見つかったものの、

それをどうすればよいのか、

わたふにはわからない。

 

とりあえず――。

 

わたふは、

 

心徒塾にすべて参加しようと思った。。。。。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(19)

 

「本気で黒帯をとってくれへんか?」

 

やぶちゃんは真面目な顔つきで再度問う。

 

わたふも真面目な顔つきとなり、

 

「はい」と答えた。

 

すかさず、やぶちゃんがさらに問う。

 

「時期は?」

 

 ――えっ!?

 

わたふが戸惑っている間にやぶちゃんは畳みかける。

 

「2012年中やな」

 

 ――2012年中か……

 

 

えっ!?   今年中!?

 

「何月や?」

 

「えっと……10月?」

 

「遅いっ!!」

 

 

時期を聞いておきながら、

 

答えると「遅いっ!!」。

 

やぶちゃんが何を言っているのか、

 

わたふにはわからなかった。。。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(18)

翌月2月、わたふはプライベートわもんのために京都へ行った。

 

心徒塾も同じ日に開催していたので、ついでに参加した。

 

心徒塾1日目後のプライベートわもん。

 

黒帯になるための課題を3つ。。。

 

簡単に見つかった ⁉︎

 

時間が余った…

 

やぶちゃんが口を開く。

「黒帯になってくれへんか?」

改めて頼まれた。

 

――黒帯にノミネートしておきながら、何をいまさら言っているのだろう。。。

 

わたふはそう思ったが、

口には出さなかった。

 

代わりに「そのつもりです」と答えた。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(17)

 

心徒塾中、わたふは課題を考えていた。

 

黒帯になるための3つの課題。。。

 

黒帯になることに興味はないが、壁は越えるためにある。

 

しかし、課題はわからなかった。

 

翌日の心徒塾2日目。

 

ここでも課題を考えるが、

 

わからない。。。

 

11月の朝、急に「わもん」を思い出し、

 

何かあると思い「心徒塾」に参加した。

 

その何かが、黒帯になるための課題であるかもしれない。。

しかし、、

 

その「何か」が何なのか。。?

 

わたふにはわからなかった。

 

 

心徒塾が終わり、

 

京都をあとにする前、

 

わたふはやぶちゃんに依頼した。

 

「『プライベートわもん』をお願いします」

 

設定した日付は、翌月の心徒塾開催日だった。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(16)

 

心徒塾初日の後半がはじまった。

 

さっそくのことながら、わたふとよしこの黒帯ノミネートの話からはじまる。

 

少しずつわたふとよしこにも圧がかかりはじめた。

「わたふ、課題を考えていこうな」

 

 やぶちゃんの声かけに「はい」としか言いようがなかった。。

 

――黒帯なんかなるものじゃない。

 

そう思いながらも、

そして実際口に出しながらも、

わたふは先のことを考えていた。

 

黒帯ノミネートが覆ることはない。

ましてや、やぶちゃんが宣言したのだからなおさら変わることはないだろう。

 

とすると、

自分の課題は何か。

 

黒帯なんかになるものではない

と思いながらも、

 

わたふは、自分の課題を越えていくことには興味があった。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(15)

 

 

当時はまだ「二人羽織」はない。

 

 

代わりに「黒帯ノミネート制度」というものがあった。

 

 

これは、「黒帯になる!」と手を挙げるか、やぶちゃんが「そろそろ黒帯になりませんか?」と声をかけることで「黒帯ノミネート」となり、そして課題をクリアすると「黒帯」になるという制度だ。

 

 

課題は3つ、やぶちゃんと相談して自分で決める。

 

わたふが初めて参加した心徒塾に参加していた心徒塾常連のツネちゃんは、「荒行」と称して5つの課題に挑戦するという話も聞いていた。

 

 

「黒帯なんか、なるものじゃない」

 

 

そう言っていた矢先の、やぶちゃんからの「黒帯ノミネート」。

 

――実におもしろい。

 

 

わたふはそう思えなかった。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(14)

 

 

「どやッ!」

 

 やぶちゃんが手で指し示した先をみると、ホワイトボードがある。

 

その左側には、心徒塾に参加したときにひっくり返したマグネットの名札。

 

わたふとよしこの名札は、白帯の段に――。
――なかった。

 

 

ランチタイムの間に、わたふとよしこの名札は「黒帯ノミネート」の段に移されていた。

 

「どやッ!」

 

 

 やぶちゃんがニタっと笑う。

 

「はあぁ?」

 わたふとよしこが同時に声をあげた。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(13)

 

 

 心徒塾で、やぶちゃんが「油断大敵」「瞬間我が身!」とホワイトボードに書いた。

 

「心徒塾に参加するときには、みんな心がけてほしい」と。

 

 

さらに畳みかけるように「黒帯ならば当然!!」と参加している2人の黒帯に圧をかける。

 

 心徒塾は、2人の黒帯に圧をかけながら、全体も引き締まるように進められた。

 

 午前の部が終わりランチタイム中、わたふはよしこと話をした。

「黒帯なんかなるものじゃないね~」

「ほんとそう。なるものじゃないね~」

 

 つかの間の休息。初めての心徒塾であるため直接圧をかけられることはなかったが、参加している黒帯を通して圧が伝わってくる。

 

都度、「油断大敵」「瞬間我が身」が頭をよぎる。ランチタイム後も続くだろう。これが黒帯になったら――。

 

 わたふはよしこと談笑しつつ心徒塾が開催されているわもんのオフィスに戻った。

 

 部屋に入ってやぶちゃんと目が合ったとたん、やぶちゃんがニタっと笑った。

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(12)

 

 

心徒塾がはじまった。

 

自己紹介からはじまり、それぞれの近況報告をひととおり聞いた。

 

休憩に入ったとき、わたふは手帳を取り出した。今年のカレンダーを眺める。

 

――1年に3回くらいかな。

 

今は1月。わたふは1月とともに、5月、10月に印をつけた。

 

 

今後の心徒塾の予定である。

 

毎月開催されてはいるが、毎月参加する必要はないだろう。

 

年に3回くらい、つまり4ヶ月に1度くらい参加して続けていくくらいが丁度いいと思った。

 

 

しかし、翌日の心徒塾が終わったとき、わたふは来月も参加することを決めていた。

 

 

 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(11)

 

 年が明けて2012年の1月7日、わたふは再び京都にいた。

「心徒塾」に参加するためである。

わたふが丸太町のわもんオフィスに着いたとき、やぶちゃんはすでに来ていた。

「来たら、ボードの名前をひっくり返して」と言われ、自分の名前が書かれたマグネットの札をひっくり返す。

 ホワイトボードの左側に、上から「別格黒帯」「黒帯初段」「黒帯ノミネート」「白帯」と段が設けられていて、「別格黒帯」の段に1つ、「黒帯」の段には2つの名札が貼ってある。

2人の黒帯は、前回参加した白帯心徒塾で先発を務めたイナトモさんと、『わもん』の本のライターであるナカジの名札だ。

その下の黒帯ノミネートの段にも数名の名札があり、わたふの名前は「白帯」の段にあった。

白地に黒文字で書かれたマグネットをひっくり返すと、赤地に黒文字の名前が書かれていた。

他の赤地の名前を見ると、よしこの名前がある。

前回の白帯心徒塾でも一緒だったよしこがいることは心強いと、わたふは思った。

わもんなわたふ

わもんなわたふ(10)

 白帯心徒塾のあと、参加特典として「ヤブログ放送室」の公開収録があり、参加してから博多へ帰った。

 白帯心徒塾もヤブログ放送室の公開収録も楽しかった。そして「わもん」もおもしろいと思った。いいものだと思った。

しかし――。

なぜ「わもん」に魅かれたのか、「わもん」に何を求めているのか、わたふにはわからなかった。
――心徒塾に行けば、何かわかるかもしれない。

もともと心徒塾に行こうと決めて、今回の白帯心徒塾に参加した。だから、答えが得られるとすれば心徒塾へ行ってからだ。

わたふはそう思うと、それ以上深くは考えなかった。

わもんなわたふ

わもんなわたふ(9)

 心徒塾が聞く達人を目指す修行好きの集まりであることを、わたふは知っていた。

聞く達人を目指すということは、わもんの黒帯を目指すことにもなる。

しかし、わたふは、黒帯になりたいと思っていたわけでなく、「わもんに行こう」と思っていただけである。

そして白帯心徒塾に来た。黒帯を目指そうと思っていたわけではない。

それでもわたふは、2か月後の1月に開催される心徒塾に参加することは決めていた。
 

わもんなわたふ

わもんなわたふ(8)

 11月3日早朝に博多から新幹線で京都まで、そして京都丸太町の駅からわもんのオフィスに向かった。

 わたふにとしても、わもん界にとしても、わもんのオフィスで開催された記念すべき第1回の白帯心徒塾。だが、わたふはその内容についてあまり覚えていない。ただ「わもん黒帯」や「白帯心徒塾」「心徒塾」などのことがらについては、後に何度も触れたためかもしれないが、覚えている。

白帯心徒塾は3時間の講座で、最初の1時間をイナトモさんという女性が担当し、残りの2時間をやぶちゃんが担当した。イナトモさんは、まだ2人しかいないわもん黒帯の1人だという。もう1人は書籍『わもん』の聞き書きライターであるらしい。白帯心徒塾は、わもん黒帯と呼ばれる方とやぶちゃんがコラボで運営する方式だったため、やぶちゃんは、「多くの人が黒帯になって、全国各地で白帯心徒塾ができるようになるといいなあ」と言っていた。

わもんなわたふ

わもんなわたふ(7)

 2011年11月3日、わたふは京都にいた。
 少し肌寒いが晴天である。地下鉄丸太町の駅から西へ、株式会社わもんのオフィスに向かっていた。
 
友人に本を借り、「わもん」に行くことを決めてからのわたふの行動は早かった。本に書いてあったホームページを確認したところ、わもんの学び場として「心徒塾」の紹介があった。
心徒塾は京都にある(株)わもんのオフィスで、月1回第2土日の2日間開催されていた。年明け1月の心徒塾に申し込みしようと、本を借りたその日のうちに(株)わもんに電話をした。
「心徒塾に申し込みをしたいのですが――」
 わたふが問うと、「ご参加は初めてですか?」と電話の向こうから問われる。初めての参加である旨伝えたところ、心徒塾に参加するためには「白帯心徒塾」に参加することが必要だとわかった。白帯心徒塾は月1回京都で開催されはじめたところで、第1回目の白帯心徒塾は2日後の11月3日、次は12月5日の開催だという。1月の白帯心徒塾は1月の心徒塾に間に合わない。そして12月5日は既に別の予定が入っている。わたふは即決した。
「では、明後日11月3日の白帯心徒塾に参加します」

わもんなわたふ

わもんなわたふ(6)

 帰ったあと、また『わもん』の本をパラパラパラとめくる。平易な文章で読みやすい。「絶対尊敬」や「完全沈黙」という四字熟語は並んでいるが、内容はやぶちゃんの体験談が中心で、難解な説明や回りくどい表現などは見当たらなかった。
 ひと通り読み終わると、わたふは思った。

 ――そうだ、わもんへ行こう。

 これは思い出したのではない。「行こう」と思い、「行く」と決めたのだ。
 しかし、明確な目的があったわけではない。ただなんとなく「わもん」に何かありそうだ、何かあるかもしれないと思っただけだ。具体的に何が得られるのか、何を手にすることができるのかはわからない。
 それでも、わたふは「行く」と決めた。

わもんなわたふ

わもんなわたふ(5)

2011年9月5日、長野県の小布施町にある、「文屋」という小さな出版社から一冊の本が出版された。『わもん~聞けば叶う~』というタイトルで、著者は薮原秀樹、やぶちゃんである。後で聞くところによると、やぶちゃんは当初、「著者は『わもん』さんだと思う」といって著者名に自分の名前を載せることを断ろうとしていたが、最終的に「印税はどうすればいいのか」という文屋代表の木下さんからの指摘を受け、薮原秀樹の名で出版したという逸話を持っている書物である。

 白地に金色の文字で『わもん』と書名が印刷されている本を眺めてから、わたふはパラパラパラと本をめくった。友人が声をかける。
「読みたかったら、持っていっていいよ」
「じゃあ借りていきます」
 その後しばらく、友人とおしゃべりしてわたふは家に帰った。

わもんなわたふ

わもんなわたふ(4)

2011年11月1日の朝、わたふは思い出した。
――そういえば、『わもん』ってあったなぁ。
ただ思い出しただけである。
 ただ思い出しただけで、それだけであった。過去の延長線上の日常がはじまる。しかし、「わもん」という言葉は頭の片隅に残っていた。昨日までとの違いはそれだけである。

 その日偶然、わたふは友人の家の近所まで行った。「『おんなやぶちゃん』になったらいいとよ」と言った20数年来の友人の家である。「わもん」という言葉がわたふの脳裏をよぎった。脳の裏をよぎっただけなので、わたふに自覚はない。ただせっかく近所まで来ているから、その友人に電話をかけてみた。友人はいた。わたふは友人の家へ寄ることにした。
部屋に入ってあたりを見渡すと、一冊の本があった。手に取ってみる。
 その様子を見て、友人はわたふに声をかけた。
「やぶちゃん、本を出したんよ」
「へぇ。やぶちゃん、本を出したんだ」

わもんなわたふ

わもんなわたふ(3)

 2回目の出会いも「わもん塾」だった。最初の出会いから約1年後のことである。
 このときは使っていない部屋を「わもん塾」の会場にしたいという希望があり、わたふの自宅で「わもん塾」が開催された。感想としては前回と同じだが、印象に残るやりとりはあった。
 わたふが仕事の話をしていたときである。
 話を聞いていたやぶちゃんが、その話のイメージを言った。
「水のなかにずぼーっと入って、石をぎゅーっと握っている感じやね」
 そのイメージは、そのとき、わたふが抱いているイメージと同じだった。
 印象に残る出来事はあったものの、「わもん」についてもっと学びたいとか、聞き方を極めたいなど、何か突き動かされるものはなかった。聞くことが大事であることはわかっているし、やぶちゃんが言っていることもわかる。ただ、それだけのこと。
 そしてまた1年が過ぎた。
 その1年の間に、仕事を辞めたり、引越をしたりすることはあったが。

 そんなとき、急にわたふは思い出したのだ。「『おんなやぶちゃん』になればいいとよ」と言われて3年後、初めて「わもん塾」に参加した2年後、2回目に参加した1年後。
 ――そういえば、『わもん』ってあったなぁ。
 2011年11月1日の朝のことである。なぜ思い出したのか誰も知らない。わたふも知らない。
 しかし、この日から、わたふの人生が大きく変わりはじめた。

わもんなわたふ

わもんなわたふ(2)

このようなやりとりがあった後、その友人の話のなかに、しばしば「やぶちゃん」の話が出てきた。「やぶちゃん」とは、「わもん」の創始者である藪原秀樹さん。親しみをこめて、みんなから「やぶちゃん」と呼ばれていた。やぶちゃんは、人の話を聞くことで日本を元気にしようとしていること、そしてそのために自らの聞く力を極めようとしている人で、自らの聞き方を「わもん」と名付け、全 国各地で「わもん塾」というものを開催しているということを、わたふは知った。
 その「わもん塾」が福岡で開催されるということで参加をした。わたふはそこで初めて「やぶちゃん」そして「わもん」に触れることになる。しかし、取り立てて言うほどの感想はない。塾といっても、何かプログラムやカリキュラムがあるわけではない。ひとりの人の話を全員で集中して聞く、ただそれだけ。わもんの聞き方、やぶちゃんの聞き方に触れることはできたが、何か大きく心動かされたということはなかった。感想を求められても「『わもん』っていいですねぇ」というくらいの感想だった。

わもんなわたふ

 

わもんなわたふ(1)

11月の早朝、わたふは思い出した。
――そういえば、『わもん』ってあったなぁ。
なぜそれを急に思い出したのか、誰にもわからない。彼女自身がわからないのだ。

 「わたふ」というのは、小学生のときからのニックネームだ。クラスに「わたなべ」という苗字が4人いたため、「わたなべ」の「わた」に「ふみこ」の「ふ」で、「わたふ」と呼ばれた。本名は、渡辺富美子である。
 わたふが「わもん」を思い出したのは、2011年11月1日の朝。もちろん、それまでに「わもん」に触れたことはあった。知らないことを思い出したりはしない。

 最初は、20年来の友人からの一言だ。急に友人から「『おんなやぶちゃん』になったらいいとよ」と言われた。
「おんなやぶちゃん?」
「そう、『おんなやぶちゃん』になったらいいとよ」
「『やぶちゃん』って誰?」
 わたふが尋ねても、友人は「いやぁ、『おんなやぶちゃん』になったらいいとよ」としか答えなかった。

 

 

新しい相棒

新しい相棒の腕時計
人生で初めて自分で買いました

これまではほとんどが母からの贈り物
先日まで使っていたのは

生前母の腕で時を刻んでいた時計でした

先日 突然ガラス面にヒビが入り ピタリと動かない…

これで母の形見の時計は全て使えなくなりました

なるほど〜
いよいよ来たな〜っという思いです

いよいよ
自分で自分の時を刻む時が来たのですね

母が旅立ってから五年
そろそろ 一人で大丈夫だからと
背中を押してくれた気がしています

さぁ〜 これから
わたふの時を仲間と共に刻んで参ります

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生きる

命あること 生きること

改めて向き合う機会を頂き、

見送った大切な人の言葉を思い出しました。

 

母の最後の言葉

「この人生でやり残したことは一つもない。生ききった」

この言葉を晴れやかな顔で言った母を見た時、私は喜んで見送ることしかできませんでした。

 

祖母の最後の言葉は

「こんなに楽しい人生はなかったぁ〜そろそろお迎えを待つ準備ばしよっと」

この時は 祖母に言われるままに一緒に準備をしました。

 

父は

「もう一回中洲で飲みたかった〜はははっ〜♪」

もう 笑うしかありませんでした。

 

三人三様 私に生きる勇気を与えてくれています。

ありがとう 私は生きていきます。

 

名古屋にて月へ向かってご冥福をお祈り申し上げます。

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匠になります

〜宣言〜

『2018年10月2日 匠になる』

この一言を口にしてから
私の周りが大きく変わり始めました。
それほどにこの目標は大きく深いのだと実感しています。

そして今日 琉球の海を見ながら湧いて来た音は「飽きた」
私は知っています…
この音が出た時の自分の変化の凄まじさを。。

人生 三度目の「飽きた」
自分のことながら
楽しみです(^人^)

シャッターが開きました

【在家の阿闍梨行】

これまで聞いたことのない音が聞こえ始めました

聞いていたのかも知れないけれど 意識して聞いた事は一度もない音です

この音を「聞かない」と決めて いつの頃か 耳にシャッターを下ろしてしまった…

その音が 聞こえ始めました

聞かなきゃならない時が来たのだと感じています

先日 身震いする程 鮮明に見えた 2018年の誕生日の姿

この音は この日の自分の声のようです

私はなりたい姿や夢とは全く無縁の世界にいました
幼い頃から 将来を夢みたことはありません

その私にも なりたい姿を見る時が来たようです

人生で初めての音を聞く日々が続いています(^人^)

 

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日常はエネルギーの宝庫

久しぶりに自然の樹々に触れて来ました
以前はよくスケジュールの合間を見つけては
森の樹々、川のせせらぎ、鳥の声…etc に触れていて
自然の音を聞いているだけの時間が本当に癒される時間だったのです
身体がリラックスして エネルギーを充電していたのでしょうね。。

ですが ここしばらく その時間を取ろうとしない自分がいて不思議に思っていました

今回 久しぶりに行ってその理由がやっと分かりました

以前 自然の中で感じていた
リラックス感や充電感、癒されるエネルギー
これらを わもんする日常で存分に体感していたのです!

自然に包まれる感覚
癒される感覚
リラックスして楽しむ感覚

これらは 話を聞かして頂く時と全く同じ感覚でした
そして話を聞かして頂くほどに エネルギーが充電される感覚も 全く自然の中で感じる感覚と同じだったのです

なるほど 毎日が自然の中にいる感覚と同じであるなら
わざわざ そこに行く時間を取ろうとしないはずです

わもんをするほどに元気が溢れる理由もここにあったのですね(^人^)

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